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行き止まりは、どこにもなかった

行き止まりは、どこにもなかった

新!コテ派な日々~第十五話~(番外?Dead Data@第五話)

「…決断早いね。いいの?かなり危険を伴うけど…」


彼女が驚いた風に尋ねてくるが、私はすぐに「無論だ」と答える。

“死んだ情報”と呼称される状態である位だ、私達は恐らく一度死んでいる。

ならば、そう命に拘る事も無いだろう。第二の人生、もしくはゾンビが今の状態なんだから。

そして、折角だ。カッコつけてこの生命、街の平和に貢献する為に使うのもありだろう。そう考えたのだ。

それに、だ。


「まぁ、それにどうあっても私の身には“危険が及ぶ”。
           この街に居るだけでな。それならば」

「君と言う協力者を手に入れる方が私には得だと考えただけだよ。って事で」

「私の記憶を取り戻す協力も、頼むぞ」


と、私は逆に彼女へと協力を要請してみた。

キョトン、とした雰囲気で彼女は言葉を失って居たが、少しして、笑いだした。


「そっかそっか!!そう来るかぁ!協力ね、あははは!勿論いいよ!いやー、君も変わったコテだよねぇ!」


我ながら妙な事を言ったものだが、ま、気分を変えられたから良かったんじゃないだろうか。

善は急げ、と言う事で私は外を指しながら尋ねる。

「なぁ。」

「ん?何、どうかした?」

「単純に戦って勝てる相手じゃないんだろう、
  奴ら。君の能力の様な物を出来たら取得したいんだが…」

「え。」


私の突然の提案に彼女は驚く。

が、やがて少し呆れたような、嬉しそうな微妙な口調で答えた。


「君、随分と行動力があるんだね…。まぁ、試してみようか、ね」


…少々からかわれる様な口調だったが、仕方ないだろう…。

私はただ、立ち止まってる暇がないと思ってるし、不安だからこそ突き進むだけなんだからな。

が、すぐ、彼女は悩む様な素振りを見せた。


「どうした?」

「んー…いや。試す、って言ってもどうしたもんかなって。」

「ん?」


ちょっと彼女が言ってる意味がわからないぞ。

彼女が会得した時と同じ様にやればいいだけの話じゃないのか?

そう思って尋ねてみると、驚いた事に…


「いやー…そもそも修行とかそういう過程を経て会得した能力じゃないんだよねこれ…。気づいたら使えたし」

「なんだと…という事は…」

「生まれ付き持ち合わせてる物なんじゃないかなー。まぁ、この世界の者なら大体持ってるんだろうけどさ」


要するに、私がそう言った能力を手に入れようと思ったらどうすべきか、その見通しすら立たない訳だ。

元々持ち合わせている物を見つけ出す、としたら実際どうしたらいいのか、私も分からない。

…だが、あまり立ち止まりたくない私は、とりあえず行動に出たい。


「…よし、ならとりあえず外で色々経験を積んでみようと思う」

「また死に掛けたいの?」


…即答で却下された。

まぁ、それも当然か。相手の常套手段である“虫”あれらは私達には効かないとはいえ

結局、相手の戦闘能力はかなり高い。そっちで攻撃されれば当然私達でも死ぬ。

それこそ、例の黒い少女との戦闘を思い出す。

何をやっても全て通じず、ほぼほぼ一方的に打ちのめされた。

その上、相手はまだ本気とも思えなかった。

運良く雑に扱われ、虫に止めを任されたが故に今、私は命がある。

けど、基本的に敵の陣営は自分たち以外の生命を許さない方針の様だし…私が生きてる事自体相手にとって誤算だ。

そんな相手に不用意に出会おうものなら今度こそ念入りに息の根を止められる事だろう。


「…しかし全く行動出来ないと言うのも些か…」

「うーん…。まぁ、そうだねぇ。いずれ相手と一戦構える事になるから…経験は必要ではある。」

「ではやはり…!」

「待て待て待て!だからって出て行って良いって事にはならないでしょ!!猪突猛進か!もー…」


どうにか、妥協案を探したい所だが、結局全く動かないでいるべきでないってのはお互いの共通の意識だ。

そもそも、彼女は一人ここでずっと隠れ住んでいた訳だし、これまでずっと行動はしてきていない。

私と言う存在と出会った事で、そろそろ行動に出るべきだとは思ってる。

ただ、失敗は許されない。だからこそ積極的に飛び出す事は推奨できないのだろう。

お互い行動したい気持ちだけは一致しているが、じゃぁ行動しよう、という私と

だからと言って何も考えずはまずいと考える彼女で意見がぶつかる。そしてそのまま膠着状態が続く。

話は平行線、このままではただただ時間が過ぎるだけだな…。


「…それならどうすべきだと思うんだ?」

「…!」


そう尋ねたあと、私自身も考える。まぁ、頼りっ放しもどうかと思うしな。

慎重に、か。とは言え活動拠点は基本地下に絞られる。その範囲で出来る事があるのか?

彼女だって、出来る事がなかったからこそこれまで全く何も出来てないんだろう。

…ん?だとしたら、一体どうやって生活してたんだ?


「なぁ」

「何?今かんがえちゅー…」

「これまで、どうやって生活してたんだ?」

「え?」


この世界はどちらかと言えば仮想の世界だ。だが、だからと言って飲食の必要がない訳でもなかろう。

だとすると、飲食のために彼女は地下から出たりしてたと思うのだが…

もしくは地下にそれらを解決する物が在るのかもしれないが、それはそれで早めに把握しておきたいしな。


「…この下水を通って、マンホールから出て、喫茶店があった辺りに出るんだ。そこで店から拝借してる」

「そこの物資はあとどれくらいあるんだ?」

「仮想空間みたいな物だからね。自動補充なんじゃないかな。人は居ないけどいつも物資はあるよ」


外の町並みは風化しても中のアイテム類は平気らしい。その辺は仮想の空間らしさがあるな。

もしくは、敵が敢えて残しているのかもしれない。

住人を皆殺したりなんてことをやる奴らだ。好きにウィルスで改変できそうなもんなのにしてないのが不自然だ。

町並みを破壊したりはしているのに補給系のシステムだけ放置しているのは恐らくは

生産なんて事が出来ないから、ではないかと。もしくは…我々の様な物を炙り出すため?ってのは考えすぎか…

とにかく。生活が当分出来るのであれば焦って動く事も無いかな。


「とりあえずそこを紹介して貰えるかな。全て頼る訳にも行かないだろうから」

「うーん。でも、あそこは敵が沸くからなぁ…」

「…沸く?」


敵がよく来る、なら判るが、沸く、と言うのは一体…?


「あぁ、そっか知らないんだっけ?」

そう言って彼女は説明してくれた。

奴らの大体の組織構成は正直とっくに割れてるんだそうで、

頂点、この世界を荒らした張本人、敵のボスである“ロドク”…これが敵の本体でもある。

と言うのも、ここを荒らした複数のコテ。それらは全部一人の人間が元のコテらしい。

しかしその、人間と同一なのはロドクのみ。他はもはや独立してるらしいが結局元はロドクでもある。

存在としては別の生物ながら、繋がりはあるらしく、ロドクさえ倒してしまえば他も芋づる式に全滅するらしい。

そんな、ロドクと同一人物のコテでありながら別々の意思、自我を持つ手下に当たるコテ達。

二人で一人のコテである“かてないさかな”と“死忘”

巨体のコテ“糊塗霧隙羽”

小柄な少年“閃光騨”

そして残りはその最下層、“群体”のコテ

コピー&ペーストで作られた意思や自我を持たない戦闘員。

“ヤキムシ”と“siwasugutikakuni”

…この中で私が出会ったのは死忘位か。それにしても、思ったより敵の人数は多くはないんだな…。


「まぁその今言った中でさ、“ヤキムシ”が居るエリアなんだよ、喫茶がある所って。」

「なるほど、群れで出て来るからそういう表現だったのか…ん?」


今挙げられた敵の中で、最下層の相手が大量にいる場所?ってなると…


「…そいつら相手に経験を稼ぐ事は出来そうじゃないか?」

「…あ、それだ。そーいえば私が能力出たのも、その辺うろついててやむを得ず戦った時、それも命の危機感じた時だった」

「なら、修行するならそこだな。それなら、早速連れてって貰えないか?」

「んー…危なかったら逃げてね?絶対無茶はダメだよ」

「もちろんだ。」


こうして何とか方針は決まった。行動したかった私としては非常に助かる展開だった。

…しかし、当然ながら不安も大きい。最下層とは言え、敵は死忘と同じ一派。もし攻撃が通じなかったら?

その辺の対処を考えたりもまた、良い修行になるだろうが…その際に下手こいてやられる…なんて事も考えられる。

結局、慎重にはやらなきゃな。

…ふと、思う。私は元はどういうコテだったのか。

口調は何となく覚えのある喋りを使ってはいるがしっくりこないし

状況が状況だから余り騒げないのだが、その状況自体が何となく窮屈に感じる。

元々自分は結構、騒がしい性格だったのだろうか?その辺、いずれ何処かにヒントがあると思うが…

……自分探しの旅が一転、レジスタンス加入して影に潜む日々、か。笑えない状況だな、本当。












「ふふん。順調で面白い限りですね。」


とあるコテは小さく、ククッと笑う。

…彼ら“ロドクのコテ”は一部を除いてそれぞれに自由意志が存在する。

だから、全てが全て、ロドクの思い通りに動くとは限らない。

彼、かてないさかなもまた、自分の意志で少しずつ、街に色んな“仕込み”をしていた。

ウィルスの能力は情報の改変。コテ相手に使えば即死の毒“にも”なる。

と言うのも、ただ死に至らせる以外にも変位の方向を変えれば、相手を思うままに操る事も可能なのだ。

そして、それらはこの世界の物体であれば生き物以外にも使える。

かてないさかなはその事にいち早く気づき、あちこちに少しずつ自分が思う通りの改変を行っていた。

ロドクからの指令では“すべてを破壊し、骨組みだけ残せ”と言われている。

基礎や骨組みを破壊すると再建が大変だから、と言う閃光騨の意見を取り入れてだが…

その必要すらないとかてないさかなは結論付けていた。

そもそも、改変の力を極めれば、一から自分が想像する通りの物体を好きに創造出来る。

これまで一人で試しにあちこちで能力を発動させて確信した。

誰も、このウィルスを完全には使いこなせていないと。

かてないさかなは自身が与えられている虫…ウィルスの入った瓶を取り出し、蓋を開ける。

虫は、規則正しく飛び回り、かてないさかなの周りを囲む。

しかしそこで動きを止め、それ以上は何もしない。


「…だいぶ、自由に動かせる様になったものです。さて、次は…。」


かてないさかなは虫を瓶へと戻す。

と言っても虫が自分からかてないさかなの持っている瓶に戻っていったので別段、彼は動いては居ないが。

計画は、順調。

死忘をからかって遊んだりも楽しいものだが、それ以上に楽しい物が目前にある。

自分で育てた物を収穫する。完成に導くというのが彼にはたまらなく楽しかった。

それもまた、他のコテは持たない感情なのではないか?とかてないさかなは考える。

でなければとっくに全員自分と同じくらいの事が出来る筈だ。しかし興味を持った様子もない。

所詮他のコテは自分よりずっと知能が低く、頭を使わないコテばかりだ。

趣味なんて持ち得ない、可哀想な奴らだ。

それは、そう。ロドクでさえもだ。


「クククッ…」


再び笑いを漏らすかてないさかな。

楽しみで仕方ない。待ちきれない位だ。しかし、手を加えてどうなるものでもないから仕方ない。

待とう。

その時まで。

…そう思いつつも、様子見位はしてもいいんじゃないかな?なんて考えてる時点で待てては居ないが…。

それを指摘するコテは何処にも居ない。そもそも、かてないさかなの思惑など、どうでもいいコテが大半なのだから。










ズッ…ズズズッ…


「…OK,出て来ていいよ」

「案外遠かったな…。」


マンホールを抜け、久々に地上へと登る。

注意深く周囲を確認しての移動だが、その際でも警戒は怠らない。

彼女が言うには、相手は虫の様な形の火を操るコテらしく、集団で現れる場合と単体で現れる場合どちらもあるのだとか。

…火を操る、と言うと私が最初に出会ったコテを思い出すな。てか、多分アイツの事じゃないかな。

奴らは特に目的なく、このエリアを巣にしつつあちこちを徘徊する。

だから、たまにマンホールの上に乗っかってたりなんかもあるからよく注意しないと気をつけないとならないらしい。

…私としてもそんな状況には出くわしたくはないな。うん。

ふと彼女を見ると中々出て来ない私に対して手招きをしている。おっと、考えてる場合じゃないな。

今、自分がするべきは食料の在り処の確認。

その後は修行の予定な訳だが…まだマンホールの周辺には奴らは居ないな。


「…歩きながらだけど、教えるね」


ふいに、彼女が話し掛けてくる。

が、割と早歩きでかつ音も立てない様に移動する彼女に合わせ、移動するのに必死で私はすぐには返事が出来なかった。


「ん、な、なんだって?」


慌てて聞き返してみたが、彼女の方も余裕がないのか、そのまま話を続けていた。


「ロドクについて、教えておく事がまだあるの」


ロドク。この街に惨状を引き起こした張本人。我々がいずれ打ち倒さねばならない相手。

その事で教えておく事があると言われて、聞かずに居る訳にはいかないな。


「分かった。なんだ?」


短く了承の言葉を投げかける。

それを聞いてなのかさっきまでと同じく返事も待たずだったか分からないが彼女は話し始める。


「ロドクには他にコテが居るって言ったじゃん」

「あぁ。それぞれ別人みたいだが…。よく考えたら一人の人物に複数のコテがいて、それらが別人ってのもおかしいな」

「うん。それなんだけど」


どうやら私の疑問がそのまま彼女が教えようとしている事らしい。

…しかし、だとしたら何を教えようと?


「ロドク自体はここの人間だから詳しい性格も解ってるんだけど、他は違うからさ、情報が少ないんだ」

「…と言うと?」

「ただおんなじ人間、なら簡単な話なんだけどね。人格も違う様だから、何考えて何するか分からない」

「いや、そっちより…何がそんな状態にしたんだろうな?」

「え?」


そう、私の疑問は寧ろそっちだ。

人一人に対してコテは一つ。それが大抵だ。

それが何故幾つも所持する事になった?

それに、それぞれ人格が別にある事も理由がわからない。

奴に一体何があったっていうんだ?


「コンピューターウィルスに依るもの、とは思ってるけども…そこはこっちでも掴んでないね…」


そう、彼女は苦々しい雰囲気で漏らす。

調べてた奴は一体どんな奴だったんだろうか?かなり事情に詳しいみたいだが…。


「そうか…。しかし、困った情報を持ち込んだな…」

「ま、ね。ロドクよりは他の奴に警戒して、って言いたかっただけだからさ。対処ではないからね…」


言った本人としても、これは困った情報なんだろうな…。

しかし、これは裏を返すと…


「ロドク自体はどういう奴なんだ?」

「昔はともかく、今はひたすら引き篭もってる奴だね。自分からは行動しないから手下が欲しかったんだと思う」

「だから、ロドクと戦闘ってなったら相手の根城に乗り込む形になるから万全にしないとね」


…そういう奴ほど、逆に恐ろしいもんだと思うがな。

ともかく、ロドクよりは他を警戒、か。ロドクは余程単純なやつなんだろうな。そこまで言われるとは。

…ん?


「ウィルスの影響…って、奴らもウィルスで何か影響されてるのか?」

「ん?てか、自分の能力を強化する為にコテの身体にウィルスを組み込んで異常改造してるのがロドク達だよ」

「そこら辺が影響して人格が変わったんじゃないかなーって話だったけど…」


…なるほど、奴らの異常な身体能力はウィルスの改変能力に依る物だったのか…。

となるとかなり恐ろしいな。

改変能力がどこまで及ぶものなのかわからないが、ゲームでもそういうのは相当ヤバかった筈だ。

一撃でカンストの攻撃力、だとか、何を受けてもノーダメージだとかな。

…もし本当にそうなったら、ウィルスの特効薬でも用意しないとマズイんじゃないだろうか?

とはいっても自分にそういう専門的な知識は無さそうだしな…。その場合、完全に打つ手が無いぞ…。


「…それは多分無いよ。」




彼女はきっぱり、ハッキリと言い切った。

が、自分で言っておいて驚いていた。


「えっと…?どういう事だ?」

「い、いやわかんない…。何でそう思ったんだろう私…?私の記憶に関係してる…?ロドクが…?」


…ふと、あの地下の部屋を思い出す。

と言うのも、あの部屋、妙なものがあったのだ。

ベッドと机は最低限の家具として当然だが、そこにあったのは巨大なパソコン。

と言っても機器その物が大きいのでなく、大量の大容量のケーブル類や付属の機器のような物でごちゃごちゃしていて

全体が大きく見える歪なパソコンだった。

元々、あの部屋は彼女ともう一人によって使われていた。そして、情報の収集は主にもう一人の得意とする物だった。

要するに、敵の情報はほぼ受け売りで彼女は細かく知ってる筈はないのだ。

性格すら知ってるとは言っていたが、それも恐らくは情報として。

それらを踏まえて、彼女の発言は違和感が大きい。まるで、古くから奴を知ってるかのような…。

…同じ違和感は、少し前に自分も感じたが…一体なんなんだ?我々の正体はロドクに親しい物なのか?

二人共考え込み、立ち止まる。

…そう、立ち止まっていた。これはずっと後になって気付いた事で、その時は気づかなかった。

お互いに頭の中は自分の正体、違和感についてで一杯だったのだ。

ふと、彼女は語る。


「…今の話はともかくさ、もう一個そう言えば気になる事はあるんだよね。わかんないままだったけどさ」

「ほう…っていうのは?」


自分が解明出来るとは思えないが、まぁ後に重要な情報になるかもしれない。

そう思ってしっかり聞いておこうと耳を傾ける。


「ロドクって、そう機械に強い奴じゃないんだって。なのに、何でウィルスなんて使えたんだろうって」

「…そう言われたら確かにそれは不自然だな。」

「“彼”も別に教えた訳でもないしねー…」


そう言って彼女は首を傾げる。

“彼”…と言うのは例の部屋の主、情報収集をしてたコテだろうか。

その言葉がここで出ると言う事は、他にそう言った技術を持つコテは殆ど居なかったのだろう。

そんな中で、何故ロドクがウィルスなどと手に入れる事が出来たのか。扱えたのか。

確かにそこは不思議だ。

色々と思考を巡らせては見る物の、答えは出そうにない。まだまだ情報も足りない事だしな。


「そーいえばさ。これも気になる事だけども」


そう言って彼女は自分の指先に小さな水玉を出現させる。


「“これ”、多分あっちの奴らも使えるんだけどさ。全部“五行”に属する物なんだよねー」

「ゴヨウ…?」

「ゴギョウ!!!!」


聞きなれない単語だった物でついボケてみたがマズったらしい。

いやまぁ、今ふざけるタイミングではなかったものな、そりゃそうだ。何してんだ私は。

そんな私を尻目に、彼女はまた説明を始める。割と彼女は説明好きだな。助かるが。


「火、水、木、金、土。
  この世のあらゆる物質はこの5つの属性に属するとかうんたらー?」

「…細かくは覚えてないんだな。」

「あ、うん。そう。バレた?」


そう言って彼女は照れた様に笑い声を上げる。…これもしかしてボケ返されたか?

いやまぁ責めるわけにも行かないだろうけどな、さっきの事があるし。

と言う事で話を進める。


「その中で、君の属性は水、と言う事か」

「と思うよ。んで、敵はーヤキムシとか見るからに火だし、
  死忘…はよくわかんないんだよなぁ…土かなぁ。木かも。アレの片割れもよく知らないんだよなぁ…」


考える素振りをしながら、彼女は歩き出す。ので、それに釣られる様に私も歩き出した。

気を付けてるつもりだが、足元は土や砂利でどうしても音が鳴る。

この3つの足音が敵にバレないといいが…などと考えていると、突如彼女が止まった。


「なんだ?どうした?」

「…足音さぁ。増えてるんだよね、一つ」

「え?」


「おやおや、バレてしまいましたかぁー。割と気を使った方ですけどねぇ」


芝居掛かった陽気な声が、何処からともなく聞こえてくる。

と共に街の一角の風景がぐにゃりと歪むと、そこには一人のコテが立っていた。

左右で形の違う耳、星型の模様なのか目そのものなのか分からない目、

身体の中心には継ぎ目、大きな首輪。そんな珍妙な風貌のコテは、困ったような笑みの様な表情でペコリ、と頭を下げた。


「どうも、お初にお目にかかります…
  私、かてないさかなと申しますよ。以後お見知りおきを?“白いお二人さん”」


その評定は相変わらず困った笑顔のままだったが、纏う気配は友好的とは思えない。

そもそも、その名前は先程彼女に聞いている。

奴はロドクのコテの一人、我々の敵だ。

何の用意もしてない我々は警戒しながら一歩、後ろに下がる。

その様子を残念そうにかてないさかなは見ているが…そんなの知った事ではない。

今、流石に戦えるとは思えないのだから、無闇に近寄る真似はしたくないのだ。

ギッ、と相手を睨みつけてる雰囲気で彼女は問う。


「いつから…」「いつから居たの、ですか?」


が、その言葉を遮り、かてないさかなは逆に聞いてきた。


「寧ろいつから居ないと思ってたんです?
 この街はもはや我々の物同然。そりゃどこに居てもおかしくはないでしょう?」

「そもそも、お二人さん。あなた方は先程、立ち止まって長話をなさっていた。いやー、危ないですよあれは。
 “私みたいなのに見つかったり”したら困るのはあなた方でしょう?もう少し警戒なさって、行動には慎み持ちましょう?」

…ぐうの音も出ない。実際、我々の行動は迂闊だったのだ。

それも、奴に指摘されるまで気づかなかったのだから気が緩みすぎていたと言わざるをえない。

しかし、今はその失敗を悔やむよりは今ここからどう脱出するか、が問題だ。


「…君はとりあえず逃げて。足止めは私がやった方が多分マシだから」


そう言うと彼女は私の前に立ち、かてないさかなと対峙する。

かてないさかなはキョトーンとした顔をしているがこちらは必死なのだからそんな事気にしてられない。

私は彼女に背を向け、走り出す。


「いやー、これが友情と言う物でしょうか?素晴らしい。
    ただね、お二人勘違いなさってる。私は別にあなた方をどうこうする気は…」

 ビジー・フリーズ・レイン
「忙しい時に限って降る雨!!」


背後で凄まじい雨の音が聞こえ、思わず私は振り返る。

そこには、超局地的な集中豪雨…かてないさかなの頭上からのみ激しいスコールが降り、その姿を完全に隠してしまった。


「早く走って!!目的地に行くのは後回し!とりあえず逃げるよ!!」


そう言うと彼女も私と共に走り出した。

って、手を引いてくれるのは地理に詳しくないから有り難いが分散した方がいいのでは!?


「うぅうおおおおおおーーー!!」


いや、いちいち考えてる時間も惜しい。私は彼女とともに全力疾走でその場から離れる事に徹する。

前に遭遇した死忘だって、息一つ切らさず私を追いかける事が出来た位だ。

奴もそれくらいは当然やってくると考えていいだろう。ならば、出来る限り離さねば。

脇目も振らず、とにかく走って走って、走るのだ。












集中豪雨の中、小さくかてないさかなは呟いた。


「…人の話を聞かない人達ですねぇ」


そして、スッと両腕を前に突き出すと、まるでカーテンでも開く様に腕を動かす。

すると、激しく降り注いでいた雨はその手の動きに沿ってスイッと広がり、かてないさかなを避ける様に降り始めた。


「…それにしても。思ってた以上に面白いコテなんですねぇ、“白いコテ”。
          ……ま、かと言って何をする訳でもないんですけどねぇー」

スタスタとゆっくり歩いてかてないさかなは集中豪雨の地帯から抜け出す。


「ふぅ。ま、上手くかき回してくれるといいですね。その間私は…」



「他の人達の行動に合わせて動く程度で抑えておきますよ。」


誰にとも無く呟くと、フッとかてないさかなの姿が掻き消えた。

そこにはただ、歪な形で雨を地面に落とす雲だけが残され、雨の音だけが街に響く。

そしてそれもやがて小降りになり、ついには降り止む。




ただただ静寂がその場に残った。




つづく


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